予土線(よどせん)は、高知県高岡郡四万十町の若井駅から愛媛県宇和島市の北宇和島駅に至る四国旅客鉄道(JR四国)の鉄道路線(地方交通線)。
愛媛県と高知県を結ぶ唯一の鉄道路線で、土佐くろしお鉄道中村線と予讃線を結んでいる。高知県内では四万十川の上流部に沿って走る路線であることから、しまんとグリーンラインの愛称が与えられている。
なお、土佐くろしお鉄道中村線からの分岐点は、正確には若井駅ではなく中村線の若井駅 - 荷稲駅間にある川奥信号場である。また、若井駅と川奥信号場の間は土佐くろしお鉄道中村線にも属する二重戸籍区間となっている。
管轄(事業種別):四国旅客鉄道(第一種鉄道事業者)
路線距離(営業キロ):76.3km
軌間:1067mm
駅数:20駅(北宇和島駅・若井駅含む)
複線区間:なし(全線単線)
電化区間:なし(全線非電化)
閉塞方式:特殊自動閉塞式(軌道回路検知式)
最高速度:北宇和島 - 江川崎間65km/h、江川崎 - 川奥信号場間85km/h、川奥信号場 - 若井間110km/h
最急勾配:30‰(標準勾配としては26.1‰=北宇和島 - 務田間)
最小曲線半径:160m
沿線風景
北宇和島 - 吉野生間は軽便鉄道であった名残から低規格で非常にカーブが多く、この区間の列車は極度に低速である。逆に江川崎 - 若井間は1970年代に新たに開通した高規格路線で、比較的高速の運転が行われる。
清流四万十川沿いに走る線として有名で、土佐大正 - 江川崎間は蛇行する四万十川を串刺しにするように線路が敷かれており、進行方向のどちらからでも四万十川を見ることができる。この区間では風景を写真におさめる人も多々おり、非常に眺めの良い絶景が続く。毎年5月頃に十川駅前では四万十川の両端で「こいのぼりの川渡し」を見ることができる。江川崎以西は流域に人家の多い支流(広見川)沿いに走るが、川の風情は本流ほどではない。
そのように恵まれた沿線風景を旅客誘致につなげる目的で、国鉄時代の1984年から、トロッコ列車「清流しまんと号」の運行が開始された。国鉄・JRグループとしては最初のトロッコ列車で、以後各地の国鉄・JR線でトロッコ列車が運行されるようになった。
途中にある半家駅はその読み方からクイズ番組などに取り上げられることが多い。「若い(若井)と言われ喜び、ハゲ(半家)と言われて怒り出す。大正(土佐大正)、昭和(土佐昭和)があって、なぁーせ(方言で何故)明治(、平成と続くことも)がない」と地元で謡われている。
運行形態
幹線交通路からは外れた閑散路線であり、全列車が普通列車で、江川崎 - 宇和島間の1往復を除きワンマン運転を行っている。窪川 - 宇和島間の列車のほか、江川崎・近永 - 宇和島間などに区間運転列車があり、1 - 3時間に1本運行されている。
ロール ラズベリ ジュニア つじばしゃ リンドウ ツーショット MIX サイバー ジオン ショート ネクトン タイムカプ 大和撫子 ダッフ マタニテ みなのがわ モットー アクア フレクター リッパ 新緑 ハイパー ひろさき ジョン 春夏秋冬 スライン じゅんぼ スンデ ピストル 大和 フィブロ はしげた カバロール ユーモア ネス メロデ イヌコ シリビン メラノ タニリ スパイシー 決意 はちりゅ ピンハ マテバ 飛騨紅 ルース べびーぽ テクス クロロキン
窪川駅発着の列車の場合、窪川 - 若井間は土佐くろしお鉄道の鉄道路線であるので、この区間は土佐くろしお鉄道の運賃200円(2008年現在)を別途要する。学校が休みの期間中は、車内で「青春18きっぷで乗り通す人は若井 - 窪川間の運賃を払う」ようアナウンスされる。
輸送量が少ない事情から、古くは1960年代のキハ02形レールバス、1987年にはキハ32形などの小型気動車が投入された。一時高松 - 窪川 - 宇和島間運転の急行「あしずり」が設定されていたことがあり、予土線内は快速となっていた。直通がなくなってからもしばらくは窪川 - 宇和島間運転の快速が1往復残っていた時期があり、初期の宇和島駅からの「清流しまんと号」が連結されていた。
現在はキハ32形での運用のほか、キハ54形で運用される列車もあったり、2006年5月頃までは宇和島 - 江川崎間の1往復のみキハ185系(3000番台もしくは3100番台)が運用されたこともあった。
トロッコ列車
1984年夏の運行開始以来、春から秋にかけて「清流しまんと号」・「清涼しまんと」・「四万十トロッコ」などの名称で運行され続けている。
臨時特急「I LOVE しまんと」 [編集]
1997年7月28日から8月18日の間、臨時列車ながら特別急行列車として「I LOVE しまんと」が高知 - 宇和島 - 松山間で運転された。2日間で1往復していた。同年9月以降の運転は高知 - 宇和島間1日1往復になり同年11月までの土曜・日曜・祝日と、1998年、1999年は7月 - 9月の土曜・日曜・祝日(夏休み期間は毎日)の間運行された。
運行時の状況
宇和島 - 江川崎間は路盤、線形が非常に悪くトロッコ列車並みの低速、さらに、松山 - 宇和島間、窪川 - 高知間は臨時列車のため行き違い、運転停車の連続で、松山 - 高知間は5時間以上、宇和島 - 高知間約154kmを3時間以上かけて走っていた。
使用車両
キハ185系2両(キハ185-1016+キハ185-9)。公募で選ばれたデザインの専用車両で運行された。前面にはかわうその顔が描かれており、側面はもとより車内天井、床面までペイントが施されていた。
なお、宇和島寄り1号車が禁煙指定席(12席が自由席)、高知寄り2号車が一般自由席であった。
停車駅
高知駅 - 松山駅間の運転では次の駅に停車していた。
高知駅 - 佐川駅 - 須崎駅 - 土佐久礼駅 - 窪川駅 - 土佐大正駅 - 十川駅 - 江川崎駅 - 松丸駅 - 近永駅 - 宇和島駅 - 卯之町駅 - 八幡浜駅 - 伊予大洲駅 - 内子駅 - 伊予市駅 - 松山駅
高知駅 - 宇和島駅間の運転では次の駅に停車していた。
高知駅 - 佐川駅 - 須崎駅 - 土佐久礼駅 - 窪川駅 - 土佐大正駅 - 土佐昭和駅(1999年のみ) - 十川駅 - 江川崎駅 - 松丸駅 - 近永駅 - 伊予宮野下駅(1998年から) - 宇和島駅
新聞輸送 [編集]
朝の列車で県紙朝刊の輸送を行っている(2007年5月現在)。下り4833Dが高知新聞を、上り4832Dが愛媛新聞を数十部積み、共に江川崎駅で業者に引き渡している。
歴史
予土線は愛媛(伊予)と高知(土佐)を結ぶことを目的に、宇和島側から伸びていた行き止まり路線の宇和島線を延伸したものである。愛媛と高知を結ぶ鉄道はこのほか松山 - 佐川間や宇和島 - 宿毛 - 中村 - 窪川間などが計画されていたが、実現したのは予土線だけである。
宇和島線は、もともと私鉄の宇和島鉄道によって開業した軌間762mmの軽便鉄道を国有化したもので、1941年の改軌に際し、のちに予讃線となる宇和島 - 卯之町間が開業したことで、北宇和島が起点となった。
1914年(大正3年)10月18日 - 宇和島鉄道により宇和島 - 近永間が開業。蒸気動力。
1923年(大正12年)12月12日 - 近永 - 吉野(現在の吉野生)間が開業。
1931年(昭和6年)3月26日 - 宇和島鉄道、ガソリン動力併用認可を受ける。同年中に気動車(ガソリンカー)を1両のみ導入。
1933年(昭和8年)8月1日 - 宇和島鉄道が国有化され宇和島線となる。宮野下駅を伊予宮野下駅に、中野駅を二名駅に、吉野駅を吉野生駅に改称。
1941年(昭和16年)7月2日 - 全線を1067mm軌間に改軌。宇和島 - 務田間の旧線を廃止し、北宇和島 - 務田間の新線が開業。北宇和島駅が起点となる。旧線上にあった高串駅、光満駅廃止。
1953年(昭和28年)3月26日 - 吉野生 - 江川崎間が開業。
1960年(昭和35年)10月1日 - 真土駅開業。
1974年(昭和49年)3月1日 - 江川崎 - 若井間が開業し全通。予土線と改称。
1974年(昭和49年)9月 CTC化。
1974年(昭和49年)10月1日 - 貨物営業廃止。
1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により四国旅客鉄道に承継。
駅一覧 [編集]
便宜上、末端部の全列車が直通する窪川駅および宇和島駅も含めた区間を記載。
予土線の定期列車は全列車普通列車(全駅に停車)。
列車交換 … ◇・∧:交換可、|:交換不可