2009年07月02日

藩の領地は中心城と城下町周辺と

一部の国持大名の藩を除いて、藩の領地は中心城と城下町周辺と、その他は少し離れた飛び地を持っていた(相給)。この傾向は特に10万石前後の譜代大名に多く見られる。京都付近の淀藩は山城など近畿のほか遠く上総まで所領を持っていたが、これは稲葉家が上総から淀に移封する際に付いてきた物と考えられる。こういう例は意外と多い。
幕府の各大名の支配方法として、参勤交代と御手伝いの義務のほか、将軍の娘をもらったり息子を養嗣子としたり、お金を貸し与えたりした。また、大名と大名の間を婚姻関係や養子関係で結んだりしている。
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なお、一部の例外を除いて、各藩は藩士への知行体制を18世紀初旬までに地方知行制(現地領主制)から俸禄制(サラリー制)へと変遷させている。
江戸時代初期、各藩は隣接する藩との間で境界争いが盛んとなった。有名な所では久保田藩と盛岡藩が干戈を交えるところまで発展した鹿角領争いであるが、これ以外にも仙台藩と相馬藩、萩藩と徳山藩などがある。これらは中期ごろまでに大体解決し、このとき決定した境界は現在にも引き継がれている。
この時代は農本主義のため、幕府・大名の拠点のある城を中心とした町(城下町)の他は基本的に農村と考えられていた。このため港の利益や鉱山の鉱物なども米に換算していた。大名たちは上納金を貢いでくれる城下町が栄えることは、みずからの発展と同義と考え保護政策をおこなった。
しかし、江戸時代中期に入り港町や宿場町などの発展、換金性の高い綿が栽培され始めるなど農村部に資本主義が流入され、また(これが最も大きいのだろうが)大名への献金が過重になり過ぎて商家の一部がつぶれるなど、城下町の衰退が目立つようになった。この農民の商売熱を冷まそうと幕府は田畑永代売買禁止令や帰農令などを発布するも効果がなかった。

2009年06月13日

ポアンカレ予想

3次元)ポアンカレ予想(Poincaré conjecture)とは、
1904年にフランスの数学者アンリ・ポアンカレによって提出された。以来ほぼ100年に亙り未解決だったが、2002年から2003年に掛けてロシア人数学者グリゴリー・ペレルマンはこれを証明したとする複数の論文をarXivに掲載した。これらの論文について2006年の夏頃まで複数の数学者チームによる検証が行われた結果、現在では彼が実際に証明に成功したと考えられている。ペレルマンはこの業績によって2006年のフィールズ賞を受賞した(ただし本人は受賞を辞退した)。

ポアンカレ予想は一般化(高次元に拡張)できる。それは次のようなものである。

n次元ホモトピー球面はn次元球面に同相である
このようにポアンカレ予想をn次元に一般化するとn=2での成立は古典的な事実であり、n?4の場合は既に証明が得られている。n?5の時はスティーヴン・スメイルによって(1960年)、n=4の時はマイケル・フリードマンによって(1981年)証明された。両人とも、その業績からフィールズ賞を受賞している。スメイルの証明は微分位相幾何学的なものであったが、フリードマンの証明は純粋に位相幾何学的なものである。実際、フリードマンの結果はその直後にドナルドソンによる異種4次元ユークリッド空間(位相的には通常の4次元空間だが、微分構造が異なるもの)の発見へとつながった。以上よりオリジナルである3次元ポアンカレ予想のみを残し、高次元ポアンカレ予想は先に決着してしまった(もっとも、微分同相については4次元ポアンカレ予想も未解決と言われる)。

数学的に厳密ではないが、たとえて言えば、宇宙の中の任意の一点から長いロープを結んだロケットが宇宙を一周して戻ってきて、ロープの両端を引っ張ってロープを全て回収できた場合、宇宙の形は概ね球体(=ドーナツ型のような穴のある形、ではない)と言えるのか、という問題である。

3次元ポアンカレ予想についてウィリアム・サーストンの幾何化予想(サーストンのプログラム)があり、これは3次元多様体の分類に関するものである。この予想は3次元ポアンカレ予想を含み、大変壮大なものである。

2002年から2003年にかけて当時ステクロフ数学研究所に勤務していたロシア人数学者グリゴリー・ペレルマンはポアンカレ予想を証明したと主張し、論文をプレプリント投稿サイトとして著名なarXivにて公表した。その中で彼はリチャード・ストレイト・ハミルトンが創始したRicci flowの理論に「手術」と呼ぶ新たな手法を付け加えて拡張し、驚くべきことにサーストンの幾何化予想を解決してその系としてポアンカレ予想を解決した(と宣言した)。

非常に単純に言えば、幾何化予想とは、多様体を8つのピースに分割し、そのピース毎に幾何的性質を調べるというものである。一方で、リッチフロー (Ricci flow) を用いたときに、ピースから全体を構成しなおすときに特異点が発生する可能性がある。ペレルマンはこの特異点の発生条件と特異点の性質を調べ、特異点が発生しないような手法を考えた。それが「手術」といわれる方法である。

それ以来ペレルマン論文に対する検証が複数の数学者チームによって試みられた。原論文が理論的に難解でありかつ細部を省略していたため検証作業は難航したが、2006年5?7月にかけて3つの数学者チームによる報告論文が出揃った。

Bruce Kleiner and John Lott, Notes on Perelman's Papers(2006年5月):ペレルマンによる幾何化予想についての証明の細部を解明・補足
朱熹平(広東・中山大学)と曹懐東(米ペンシルベニア州リーハイ大学)、"A Complete Proof of the Poincaré and Geometrization Conjectures - application of the Hamilton-Perelman theory of the Ricci flow"(2006年7月、改訂版2006年12月):ハミルトンとペレルマンによる幾何化予想とポアンカレ予想の証明について
John Morgan and Gang Tian Ricci Flow and the Poincaré Conjecture(2006年7月):ペレルマン論文をポアンカレ予想に関わる部分のみに絞って詳細に解明・補足
これらのチームは何れもペレルマン論文は基本的に正しく致命的誤りは無かったこと、また細部のギャップについてもペレルマンの手法によって修正可能であったという結論で一致した。これらのことから、現在では少なくともポアンカレ予想についてはペレルマンにより解決されたと考えられている。
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殆どの数学者がトポロジーを使ってポアンカレ予想を解こうとしたのに対し、ペレルマンは微分幾何学と物理学の手法を使って解いてみせた。そのため、解の説明を求められてアメリカの壇上に立ったペレルマンの解説を聞いた数学者達は、「まず、ポアンカレ予想を解かれた事に落胆し、それがトポロジーではなく微分幾何学を使って解かれた事に落胆し、そして、その解の解説が全く理解できない事に落胆した」という。[1]なお、証明には熱量・エントロピーなどの物理的な用語が登場する。

2006年8月22日、スペインのマドリードで催された国際数学者会議の開会式においてペレルマンに対しフィールズ賞が授与された。ただし、本人はこれを辞退した。その直前にステクロフ数学研究所を退職しており、その後は無職の状態である。人付き合いを嫌い、サンクトペテルブルグの実家で僅かな貯金と母親の年金で生活していると言われる。

2006年12月22日、アメリカの科学誌「サイエンス」で科学的成果の年間トップ10が発表され、その第1位に「ポアンカレ予想の解決」が選ばれた

2009年06月09日

口腔細菌学(こうくうさいきんがく)

口腔細菌学(こうくうさいきんがく、Department of Oral Microbiology)とは、基礎歯学の一分野で、主に口腔内における微生物及び生態防御機構を取り扱う学問である。

元々、口腔細菌学は歯学の一学問として確立され、高度経済成長時には社会的にう蝕(虫歯)が社会問題となったことから、う蝕研究が中心的になされてきたが、現在では、細菌学の領域に留まることなく広く微生物学分野にその研究対象が広がっている。 そのため、研究名称では、「細菌学」となると、ウイルス学等が含まれないため、広く微生物(細菌・ウイルス・原虫・クラミジア、リケッチアなど)を対象にした口腔微生物学や病原菌を対象にした口腔病原菌学、口腔感染防御学などと呼称することが多い。

これらを研究する研究室は、一般に大学の歯学部に設置されており、細菌学、感染症学、微生物学、ウイルス学、免疫学、それら実習・演習の教育を受け持っている。

研究分野では歯科医師(歯周病専門医や感染症専門医、インフェクションコントロールドクター)が従事しているが、それ以外に理学部、農学部など歯学部以外の人材が研究に従事していることも多く、事実、教員や研究者が歯学部以外の学部出身であることが珍しくない。また、研究内容から、生化学や遺伝学、薬理学、病理学とも共通する点が多く、連携して研究を行うことが多い。

臨床歯学では、歯周病科やう蝕治療との関係が深いのも特徴である。また、口腔内や環境中の細菌叢調査なども行っている。

なお、歯周疾患を専門とする歯科医師は日本歯周病学会の認定試験に合格すると歯周病専門医として、歯科衛生士は、日本歯周病学会認定歯科衛生士として、より高度な歯周疾患治療に当ることができ、無論研究にも参画できる。
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近年の研究で口腔細菌が起因し、全身疾患を発症することが明らかとなり、今後口腔分野と全身分野との連携がますます重要となっている。

口腔常在菌叢は生後すぐに定着を開始し、個体の成長や歯牙の萌出などの口腔内環境の変化に伴って変動する。また、個人差や家庭での食生活や生活習慣によっても大きな変化がある。
口腔常在菌叢の代表的な菌種はほぼ決まっており、分布領域における優勢菌種もほとんど変動はない。
Streptococcus salivarius:舌表面の最優勢菌種
Streptococcus mitis:頬粘膜および歯牙表面
Streptococcus sanguinis:歯牙表面に生息する口腔レンサ球菌で齲蝕病原性はないとされている。
Streptococcus mitior:口腔レンサ球菌で齲蝕病原性はないとされている。
Streptococcus mutans:歯牙表面に主に生息するが検出頻度は低い。しかし、齲蝕病巣からは確実に分離される。菌体外グルカンや乳酸の産生、酸性条件下での増殖能などから齲蝕の原因菌とされている。
Porphyromonas gingivalis:グラム陰性の嫌気性細菌で、歯肉溝に生息し、歯周病の原因菌として注目されている。
Bacterionema matruchotii:歯垢に生息する線維状または多形態性のグラム陽性桿菌である。
Propionbacterium acnes:嫌気性無芽胞グラム陽性菌で、糖を発酵してプロピオン酸と酢酸を産生する。主に皮膚と腸管に生息している。

2009年04月25日

イゼベル

イゼベル(Jezebel)は旧約聖書の列王記に登場する古代イスラエルの王妃。イザベルとも発音される。

紀元前9世紀前半の人物。イゼベルについての記事は列王記上16に初出し、以後列王記上9までに散見される。

列王記によれば、イゼベルはフェニキア人で、イスラエル王アハブの后。父はシドン王エトバアル。列王記にはアハブの子らについての記述があるが、イゼベルが母であるとは明言されていない。

イゼベルはイスラエル(ユダヤ)人にとって異教であるバアル信仰をイスラエルの宮廷に導入し、ユダヤ教の預言者たちを迫害した。預言者の一人エリヤが偶像神バアルとアシェラの預言者たちと対決してこれを倒すと、イゼベルはエリヤを殺そうとした。

アハブ王の死後、ヨラム王およびアハズヤ王の時代も権力を握っていたイゼベルだったが、ヨシャファトの子イエフが反乱を起こしてヨラムとアハズヤを殺害すると、イゼベルは城門から突き落とされ、馬で踏まれた上、遺体は犬の餌となるという非業の死を遂げた(列王記下9章)。これはナボトという男のぶどう畑を望んだイゼベルが、不当にそれを奪ってナボトを死に追いやったことの報いであり、エリヤの予言したとおりの結末であったと聖書は書いている。このクーデターは紀元前842年頃と考えられている。

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ヨハネの黙示録におけるイゼベル
新約聖書『ヨハネの黙示録』のなかでは、イゼベルの名はある教会のなかの「淫婦」、教会への敵対者として現れる。これが実在の人物に相当するのか、キリスト教への敵対者の象徴なのかはさだかではない。

2009年04月08日

吹奏楽

吹奏楽(すいそうがく)は、もっとも広義には、管楽器を主体として演奏される音楽の総称。一般には、ヨーロッパの軍楽隊およびアメリカのスクールバンドの編成、すなわち西洋の木管楽器・金管楽器を主体とし、打楽器やその他を加えた十数人から100人程度の編成で演奏される音楽を指す。軍隊や国民の士気を鼓舞するためのものなどの実用音楽として発達したが、今日では、音楽ホールにおける演奏会や、マーチングバンドなどの活動が中心となっている。日本では自衛隊や消防・警察・海上保安庁などの公的な機関に属する音楽隊のほか、学校・職場・地域などを基盤としたアマチュアの吹奏楽団の活動が盛んである。

「吹奏楽」は、字義通りには、「吹いて奏する音楽」であり、演奏に用いられる楽器の発生方法、あるいは演奏主体の編成によって定義される。実態としても、軍楽隊やアマチュアの吹奏楽団では、吹奏楽編成のための楽曲だけではなく、有名曲の編曲版を演奏することがしばしば行われている。したがって、冒頭で述べた通り、もっとも広義には管楽器を主体として演奏される音楽の総称とすることが適当である。

狭義の吹奏楽団としては、主に西洋管楽器によって十数名から100名ほどの規模で編成された楽団で、木管楽器と金管楽器の双方を含み、打楽器がこれに加わる。管打楽器以外では、コントラバスが加えられることは多く、楽曲によってチェレスタ、ピアノなど鍵盤楽器、ヴァイオリン、ハープ、チェロのほか電気楽器を加えることもある。多くの国では軍楽隊のほか、消防や警察など公的な機関に属する楽団が中心だが、日本とアメリカでは学校などのアマチュア吹奏楽団が圧倒的に多い。1900年前後には、ギルモアやスーザの楽団のような、職業的吹奏楽団が活躍したが、今日ではほとんど見られなくなっている。また、イタリアにはバンダと呼ばれる民間の吹奏楽団がある。

これよりもやや広い意味での「吹奏楽」としては、イギリスなどでは英国式ブラスバンドがアマチュアの間で結成されている。フランス、ドイツ、ベルギーなどにも、町や村の金管バンドが存在する。また、ジョヴァンニ・ガブリエーリによるファンファーレや18世紀以前の管楽器を中心とした楽曲、ハルモニームジークなど室内楽的な管楽器による合奏も吹奏楽の一部をなす。これらの音楽は、しばしば管楽として区別される。

広義の「吹奏楽」に含まれるもののうち、管楽器独奏、またポピュラー音楽に属するもの、東欧の結婚式の楽団など、ヨーロッパの軍楽隊の影響を受けているか否かを問わず民俗音楽的なものについては、通常「吹奏楽」には含まれない。これらについては、本項では詳述しない。

「吹奏楽」の語は、開国後日本では陸海軍の軍楽隊が西洋音楽を演奏する合奏組織として式典などで演奏していたのに対し、日清・日露戦役のころに西洋管楽器で編成された楽隊が民間にも多く現われた際に、軍楽隊による音楽と区別するために普及したとされる。その後、軍楽隊が管弦楽の演奏もはじめたため、大正期には軍楽隊の演奏も「吹奏楽」に含むことが定着した。昭和初期には学校・職場のアマチュア吹奏楽団は「ブラスバンド」という呼び方も一般化するが、太平洋戦争に突入するころには「吹奏楽」を積極的に用いるようになる。戦後になると「ブラスバンド」の語も復活するが、昭和30?40年代には学校・職場のアマチュア吹奏楽団がアメリカのスクールバンドを参照するようになり、行進など実用的な目的ではなく、コンサートなどでの演奏を重視するようになった。「吹奏楽」の語の用法としても、このような変化を重視する傾向がある。

他言語としては、ドイツではBlasmusik(「吹く」の語幹と「音楽」)があり、フランスではharmonieが用いられる。「吹奏楽団」を指すものとしては、ドイツではブラスオーケスター、ブラスカペレ、ブラスバンドなどがあり、フランスではムジーク・ダルモニーやファンファーレ、イタリア・スペインではバンダが用いられ、東欧諸国ではファンファーレ、ファンファーラ、オーケスターなどが用いられることがある。

英語では、bandのみで吹奏楽団を指すこともあったが、ロック・バンド、ジャズ・バンドが一般化するに従って、区別する必要がでてきた。また軍楽隊以外にも、military bandを用いることがある。イギリスでは民間の吹奏楽団は独自の金管楽器による編成で発達したため、brass bandの語が用いられた。ちなみにbrass bandは「金管楽器で編成されたバンド」の意味であり、厳密に言うと吹奏楽の事を「ブラスバンド」というのは間違いである、と言う意見もある。しかしアメリカでも金管楽器が中心の編成が多く、brass band、silver bandなどの語が用いられたほか、territory band(地域の楽団)、service band(軍楽隊の代用として活動したため)、school band(学校の楽団)などが使われている。軍楽に類する演奏以外を示唆するものとしては、concert bandがあり、近年ではwind band、wind orchestra、symphonic bandの使用が増えており、吹奏楽に対応する語としてはwind musicが用いられるようになっている。なお、wind ensembleは、独自の編成を指すものとして区別されるが、演奏団体の名称などでは本来の編成が守られていないことも多い。

吹奏楽は、戦時の信号、式典などでの音楽など野外での演奏、室内でも食事などでの実用的な機会での演奏を担うものとして発達したが、特に19世紀以降、バルブの発明など楽器の操作性向上や価格の低廉化が進み、兵器の発達により軍楽隊の活動が戦場での演奏ではなく戦意高揚や慰安などのための演奏に移行したこと、野外コンサートが開かれるようになり多くの聴衆を集めるようになったこと、アマチュアの演奏団体が管楽器を中心とした編成で結成されたことなどによって、階級を超えて広がっていった。こうした状況は同時に、行進曲のほか、オペラの抜粋や軽音楽など既存の楽曲を編曲して演奏することを一般的にした。現在でも日本のアマチュア吹奏楽団の演奏会では、オーケストラ作品や流行曲の吹奏楽アレンジなどが演奏されており、編曲作品は「アレンジ曲」、特に吹奏楽編成のために作曲された楽曲は「(吹奏楽)オリジナル作品」と呼ばれて区別される。また、東欧諸国ではオスマン帝国占領下で軍楽隊が組織され、西欧諸国の軍楽隊は植民地に派遣され現地にも設置されたため、西洋風の軍楽隊は世界各国で存在するほか、従来の文化と混ざり合って独自の発達をしていることも多い。

実用に供する音楽として発達し、歴史的にも様々な立場に位置づけられてきたこともあって、「吹奏楽」が包摂する内容は極めて多様となっている。さらに、アマチュア吹奏楽団が圧倒的多数を占めることによって、吹奏楽編成のための楽曲だけでなく有名曲の編曲が重用され、演奏技術や楽団の運営など教育的な側面が強調される傾向もあって、吹奏楽の包括的な記述は困難であり、またその研究は十分に進んでいるとは言い難いのが現状である。

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2009年03月24日

予土線(よどせん)

予土線(よどせん)は、高知県高岡郡四万十町の若井駅から愛媛県宇和島市の北宇和島駅に至る四国旅客鉄道(JR四国)の鉄道路線(地方交通線)。

愛媛県と高知県を結ぶ唯一の鉄道路線で、土佐くろしお鉄道中村線と予讃線を結んでいる。高知県内では四万十川の上流部に沿って走る路線であることから、しまんとグリーンラインの愛称が与えられている。

なお、土佐くろしお鉄道中村線からの分岐点は、正確には若井駅ではなく中村線の若井駅 - 荷稲駅間にある川奥信号場である。また、若井駅と川奥信号場の間は土佐くろしお鉄道中村線にも属する二重戸籍区間となっている。

管轄(事業種別):四国旅客鉄道(第一種鉄道事業者)
路線距離(営業キロ):76.3km
軌間:1067mm
駅数:20駅(北宇和島駅・若井駅含む)
複線区間:なし(全線単線)
電化区間:なし(全線非電化)
閉塞方式:特殊自動閉塞式(軌道回路検知式)
最高速度:北宇和島 - 江川崎間65km/h、江川崎 - 川奥信号場間85km/h、川奥信号場 - 若井間110km/h
最急勾配:30‰(標準勾配としては26.1‰=北宇和島 - 務田間)
最小曲線半径:160m

沿線風景
北宇和島 - 吉野生間は軽便鉄道であった名残から低規格で非常にカーブが多く、この区間の列車は極度に低速である。逆に江川崎 - 若井間は1970年代に新たに開通した高規格路線で、比較的高速の運転が行われる。

清流四万十川沿いに走る線として有名で、土佐大正 - 江川崎間は蛇行する四万十川を串刺しにするように線路が敷かれており、進行方向のどちらからでも四万十川を見ることができる。この区間では風景を写真におさめる人も多々おり、非常に眺めの良い絶景が続く。毎年5月頃に十川駅前では四万十川の両端で「こいのぼりの川渡し」を見ることができる。江川崎以西は流域に人家の多い支流(広見川)沿いに走るが、川の風情は本流ほどではない。

そのように恵まれた沿線風景を旅客誘致につなげる目的で、国鉄時代の1984年から、トロッコ列車「清流しまんと号」の運行が開始された。国鉄・JRグループとしては最初のトロッコ列車で、以後各地の国鉄・JR線でトロッコ列車が運行されるようになった。

途中にある半家駅はその読み方からクイズ番組などに取り上げられることが多い。「若い(若井)と言われ喜び、ハゲ(半家)と言われて怒り出す。大正(土佐大正)、昭和(土佐昭和)があって、なぁーせ(方言で何故)明治(、平成と続くことも)がない」と地元で謡われている。

運行形態
幹線交通路からは外れた閑散路線であり、全列車が普通列車で、江川崎 - 宇和島間の1往復を除きワンマン運転を行っている。窪川 - 宇和島間の列車のほか、江川崎・近永 - 宇和島間などに区間運転列車があり、1 - 3時間に1本運行されている。
ロール ラズベリ ジュニア つじばしゃ リンドウ ツーショット MIX サイバー ジオン ショート ネクトン タイムカプ 大和撫子 ダッフ マタニテ みなのがわ モットー アクア フレクター リッパ 新緑 ハイパー ひろさき ジョン 春夏秋冬 スライン じゅんぼ スンデ ピストル 大和 フィブロ はしげた カバロール ユーモア ネス メロデ イヌコ シリビン メラノ タニリ スパイシー 決意 はちりゅ ピンハ マテバ 飛騨紅 ルース べびーぽ テクス クロロキン

窪川駅発着の列車の場合、窪川 - 若井間は土佐くろしお鉄道の鉄道路線であるので、この区間は土佐くろしお鉄道の運賃200円(2008年現在)を別途要する。学校が休みの期間中は、車内で「青春18きっぷで乗り通す人は若井 - 窪川間の運賃を払う」ようアナウンスされる。

輸送量が少ない事情から、古くは1960年代のキハ02形レールバス、1987年にはキハ32形などの小型気動車が投入された。一時高松 - 窪川 - 宇和島間運転の急行「あしずり」が設定されていたことがあり、予土線内は快速となっていた。直通がなくなってからもしばらくは窪川 - 宇和島間運転の快速が1往復残っていた時期があり、初期の宇和島駅からの「清流しまんと号」が連結されていた。

現在はキハ32形での運用のほか、キハ54形で運用される列車もあったり、2006年5月頃までは宇和島 - 江川崎間の1往復のみキハ185系(3000番台もしくは3100番台)が運用されたこともあった。

トロッコ列車
1984年夏の運行開始以来、春から秋にかけて「清流しまんと号」・「清涼しまんと」・「四万十トロッコ」などの名称で運行され続けている。

臨時特急「I LOVE しまんと」 [編集]
1997年7月28日から8月18日の間、臨時列車ながら特別急行列車として「I LOVE しまんと」が高知 - 宇和島 - 松山間で運転された。2日間で1往復していた。同年9月以降の運転は高知 - 宇和島間1日1往復になり同年11月までの土曜・日曜・祝日と、1998年、1999年は7月 - 9月の土曜・日曜・祝日(夏休み期間は毎日)の間運行された。

運行時の状況
宇和島 - 江川崎間は路盤、線形が非常に悪くトロッコ列車並みの低速、さらに、松山 - 宇和島間、窪川 - 高知間は臨時列車のため行き違い、運転停車の連続で、松山 - 高知間は5時間以上、宇和島 - 高知間約154kmを3時間以上かけて走っていた。
使用車両
キハ185系2両(キハ185-1016+キハ185-9)。公募で選ばれたデザインの専用車両で運行された。前面にはかわうその顔が描かれており、側面はもとより車内天井、床面までペイントが施されていた。
なお、宇和島寄り1号車が禁煙指定席(12席が自由席)、高知寄り2号車が一般自由席であった。
停車駅
高知駅 - 松山駅間の運転では次の駅に停車していた。
高知駅 - 佐川駅 - 須崎駅 - 土佐久礼駅 - 窪川駅 - 土佐大正駅 - 十川駅 - 江川崎駅 - 松丸駅 - 近永駅 - 宇和島駅 - 卯之町駅 - 八幡浜駅 - 伊予大洲駅 - 内子駅 - 伊予市駅 - 松山駅
高知駅 - 宇和島駅間の運転では次の駅に停車していた。
高知駅 - 佐川駅 - 須崎駅 - 土佐久礼駅 - 窪川駅 - 土佐大正駅 - 土佐昭和駅(1999年のみ) - 十川駅 - 江川崎駅 - 松丸駅 - 近永駅 - 伊予宮野下駅(1998年から) - 宇和島駅

新聞輸送 [編集]
朝の列車で県紙朝刊の輸送を行っている(2007年5月現在)。下り4833Dが高知新聞を、上り4832Dが愛媛新聞を数十部積み、共に江川崎駅で業者に引き渡している。

歴史
予土線は愛媛(伊予)と高知(土佐)を結ぶことを目的に、宇和島側から伸びていた行き止まり路線の宇和島線を延伸したものである。愛媛と高知を結ぶ鉄道はこのほか松山 - 佐川間や宇和島 - 宿毛 - 中村 - 窪川間などが計画されていたが、実現したのは予土線だけである。

宇和島線は、もともと私鉄の宇和島鉄道によって開業した軌間762mmの軽便鉄道を国有化したもので、1941年の改軌に際し、のちに予讃線となる宇和島 - 卯之町間が開業したことで、北宇和島が起点となった。

1914年(大正3年)10月18日 - 宇和島鉄道により宇和島 - 近永間が開業。蒸気動力。
1923年(大正12年)12月12日 - 近永 - 吉野(現在の吉野生)間が開業。
1931年(昭和6年)3月26日 - 宇和島鉄道、ガソリン動力併用認可を受ける。同年中に気動車(ガソリンカー)を1両のみ導入。
1933年(昭和8年)8月1日 - 宇和島鉄道が国有化され宇和島線となる。宮野下駅を伊予宮野下駅に、中野駅を二名駅に、吉野駅を吉野生駅に改称。
1941年(昭和16年)7月2日 - 全線を1067mm軌間に改軌。宇和島 - 務田間の旧線を廃止し、北宇和島 - 務田間の新線が開業。北宇和島駅が起点となる。旧線上にあった高串駅、光満駅廃止。
1953年(昭和28年)3月26日 - 吉野生 - 江川崎間が開業。
1960年(昭和35年)10月1日 - 真土駅開業。
1974年(昭和49年)3月1日 - 江川崎 - 若井間が開業し全通。予土線と改称。
1974年(昭和49年)9月 CTC化。
1974年(昭和49年)10月1日 - 貨物営業廃止。
1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により四国旅客鉄道に承継。

駅一覧 [編集]
便宜上、末端部の全列車が直通する窪川駅および宇和島駅も含めた区間を記載。
予土線の定期列車は全列車普通列車(全駅に停車)。
列車交換 … ◇・∧:交換可、|:交換不可

2009年03月08日

世界の一体化

世界の一体化(せかいのいったいか)とは、世界の歴史において、交通や通信の発達などによって、諸地域間の分業システム(近代世界システム)が形成され、固定化され、また幾度か再編されたその全過程をあらわす。歴史事象としては、16世紀の大航海時代以降本格化し、現在もなお進行中である。

主として歴史学上および歴史教育における概念であり、とりわけ日本における世界史教育では平成11年以降学習指導要領のなかで基軸となる観点のひとつとして盛り込まれた。
1953年、鈴木成高は「世界の一體化」のなかでアーノルド・トインビーが文明史の立場から「ダ=ガマ以後」をそれ以前と峻別し、近世に着目して世界の一体化の進展を論じていることを受けて、ジュール・ヴェルヌの『八十日間世界一周』を例示しながらコミュニケーション革命(運輸革命)の進展についてその重大性について説きおこし、二度の世界大戦を経て「世界の完全なる同時化」が実現したと指摘している[1]。

それ以後も、九里幾久雄「世界の一体化を中心とした世界史の構成」(1970年)[2]、中山治一「世界の一体化」(1975年)[3]など、この用語は広く使用された。

「世界の一体化」は、意味合いとしては「グローバル化」「グローバリゼーション」とほぼ同義である[4][5]。学際的にグローバリゼーションの概念に取り組んだ伊豫谷登士翁編『グローバリゼーション』では、先駆者的な存在としてウォーラーステインの世界システム論を掲げている[6]。ウォーラーステイン自身は、『入門・世界システム分析』の用語解説において、グローバリゼーションという言葉は1980年代の発明だとしている[7]。

なお、川北稔は、世界システム論とパトリック・カール・オブライエンらのグローバル・ヒストリーとの違いに論究するなかで、ウォーラーステインの所論は伝統的なアジア史研究者などから「ヨーロッパ中心史観」だとするような批判があるが、それは誤解であるとして、世界システム論における「世界」とはいわば広汎な分業体制のことだとしている。それによれば、「世界」がグローバル、すなわち地球的になったのは近年の現象にあるにすぎず、それこそ近代世界システムの成長の到達点としての現象なのであり、かつては地中海世界、東アジア世界など、いくつもの世界があったのだとしている[8]。

「世界の一体化」における分業関係には、ウォーラーステインが指摘し、平成11年改訂の高等学校地理歴史科「世界史A」学習指導要領が言及するように、経済的不平等・経済格差をともなっている[9]。また、ここでいう「一体化」とは、経済的不平等を生み出しながらも互いに結びつきが深くなることを意味し、切り離すことがいよいよ難しくなる傾向や様態をあらわしており、「同一化」や「平準化」は含意していない。

アメリカ合衆国の歴史社会学者イマニュエル・ウォーラーステインはアフリカ研究から出発して1970年代に「従属理論」の影響のもとマルクス主義に近づく一方、歴史に長期的および短期的変動の組み合わせをみるフランスのアナール学派第二世代の中心的な歴史家フェルナン・ブローデルの社会史、「全体史」そのほか、カール・ポランニーの経済人類学の方法なども取り入れて、独自の世界システム論をうちたてた。

彼は、それまでの歴史学は世界史を国家や民族の「リレー競争」のようなものとして描いていると批判した。つまりそれは、どの国や民族も同じ段階をたどることを暗黙の前提としており、それゆえ、それぞれの国や民族にとって、いまどの段階にあるかを知ることが肝要となる。しかし、ウォーラーステインは、実際には世界、とくに16世紀以降の近代世界は一国史の寄せ集めではなく、一つの大きなシステム(「世界経済」)であり、個々の国や民族はこのシステムを構成する要素であって、それぞれの国の歴史は世界史の部分にほかならないとした。こうした立場に立つと、重要なことはむしろ、このシステムの内部においてどのような役割を果たしているかということになる[10]。

こうした考えは従来の歴史像を一新するほどの影響力をもったが、それにもまして、それに先立って1966年に発表されたアンドレ・グンダー・フランクの論文「ラテンアメリカにおける低開発の開発」は、それまでの先進国と後進国の対比によって語られる「低開発イコール発展段階の遅れ」とする見方を否定し、サテライト(衛星)諸国の低開発はメトロポリス(中心)諸国の開発によって作り出されたものであると主張して衝撃をあたえた。つまり、フランクによればイギリスにおける開発とインドにおける低開発はいわばコインのオモテウラのようなものであり、一つの歴史的なプロセスにおける 2側面である。世界資本主義とは、このような裏表をなす2つの部分より成り立つ構造なのであり、開発と低開発の問題を考慮するには、この構造そのものを検討しなければならないとした。

エジプト出身の経済学者サミール・アミンは、このフランクの考え(従属理論)を踏襲し、経済学的に展開することを試みた。彼は世界資本主義を「中心部」と「周辺部」とに二分して、両者の関係をフランクが単に経済余剰の獲得と充用の対立として説明したのに対し、彼はこれを分業構造であると把握し、
デッド トリーニ タンク ジョブ ドン カール スモッグ トレーパッ オール 豊の国 チョッパ ナビ男爵 チェリモヤ チロシン ジャーニー バラモン サイン えさん ミリメシ アカシア きんぱく リべリ サンサ シパール 時遊館 ティビティー シャクナゲ セーフ フューチ ナルシス スルピリド タウポ リンク デジカメ くんかく リラ リアクン ジェンダー ドラフト ユニコード モアレ ルナリア ドリル プーリ オルガ ライトバン サーチ霊芝 愛の技 セロット ミッド

輸出品生産部門
大衆消費財生産部門
奢侈消費財生産部門
生産財生産部門
の4つに分け、このうち「周辺部」資本主義が1.と3.を、「中心部」資本主義が2.と4.を引き受けることによって、後者が前者を支配するとした。そして、世界資本主義の2つの部分をマルクス主義でいう「社会経済構成」であるとし、それぞれが資本主義的生産様式の組み合わせではあるが、「中心部」が資本主義に純化する傾向をもつ一方、「周辺部」ではいくつもの生産様式が残り、いつまでも併存するものとしてとらえた。

ウォーラーステインは、フランクやアミンら「従属理論」の影響を強く受けながらも、それが「中心」と「周辺」の関係が固定的にとらえがちな傾向にあったことを考慮して、下表[11]に示すように、両者の垂直的分業関係のあいだに中間(混合経済)領域として「半周辺」(「半周縁」)を設け、世界システム構造の複雑を指摘すると同時に、内部における上昇や衰退の可能性(流動性)をより的確に把握できるようにした。

2009年02月20日

アフターコロニー(After Colony: A.C.)

アフターコロニー(After Colony: A.C.)とは、アニメ作品群「ガンダムシリーズ」のうち、『新機動戦記ガンダムW』およびその派生作品の舞台となった架空の紀年法。
チャリティー ギアチェ ハンドカ ブートニア あらいそ ソフロニ 潮風の迷子 さらべつ マーキ キャンディ ジェット シャドウ ギガビット 花御所 クロサス インス 氷の炎 ブラフ バーター オサォー ヤッケ テール ファウスト サマー シンジュ ユーディ リニア サーチワキ ケース かしど トロンビン シービー ヨモギ サーチャ ビブラ オータム ギニア ダイス フリー プレカリ ノンポリ テトロン マハー あぜみち しゃりき マッスル プロビジ ビュライト ロードシ カの風

コロニーへの宇宙移民が開始された年を元年とする。慣用的に3桁の整数で表示され、例えばA.C.195は「アフターコロニー195年(いちきゅうごねん)」と発音されることが多い。

また、それらの作品の世界観そのものを指して「アフターコロニー世界」、もしくは「コロニー暦」という場合がある。ただし、宇宙世紀作品と比して、該当する作品数は少ないため派生作品も「ガンダムW」でまとめて呼ばれる場合もある。 他にも機動武闘伝Gガンダムに続いて描かれた宇宙世紀ではない世界観のため、機動新世紀ガンダムXと3作品あわせて「アナザーガンダム」、「アナザー3部作」などと呼ばれる場合もある。

アフターコロニー世界のうち、アニメ作品で描かれたのは『新機動戦記ガンダムW』の舞台となったA.C.195 と、『新機動戦記ガンダムW Endless Waltz』の舞台となったA.C.196 である。

この時代においての設定の大半は機動戦士ガンダムの宇宙世紀と基本的に同じである。地球圏、すなわち地球と月の周囲に多数のコロニーが建設され、そこに多数の人々が生活している。しかしこれらコロニーの自治権を巡り、コロニー住民との間で衝突を繰り返すのは地球圏統一連合という組織である。そしてA.C.195 連合に反目する一部のコロニー居住者達は、流星に偽装した5機のMSガンダムを地球に降下させる作戦に出た。これがオペレーションメテオであり、ここから物語は始まる。

ただし、宇宙世紀系の作品とは異なる点もいくつか見られる。例えばコロニーは機動戦士ガンダムに登場するようなシリンダー状の島3号型ではなく、トーラス型(円環状)及びその派生型である。また、最初のコロニー建造開始からその完成までに約100年の歳月を要している。宇宙世紀におけるミノフスキー粒子に相当する設定は存在せず、レーダー技術やジャミング技術、ステルス技術の発展と、コロニー建設に用いられた汎用機器からモビルスーツが誕生したとされる。

なお、小説版の『新機動戦記ガンダムW Endless Waltz』で明らかになったものに、この世界におけるコロニー市民の多くは、試験管出産により、精子レベルで遺伝子操作を受けた親あるいは先祖を持つ、という設定がある。これはコロニーへの移住が始まった当初、コロニーにおける胎児及び母親の死亡率が胎児死亡率79%、母体死亡率55%と極めて高かった事がその背景にある。これには宗教的理由から反対する声があり、アラブ系のウィナー家は当初、試験管出産及び精子の遺伝子操作を『神への冒涜』として反対していた。その姿勢を改めたのが、ガンダムサンドロックのパイロット、カトルの父であるザイード・ウィナーであり、カトルは母胎出産だが29人いるカトルの姉は全員試験管出産である。また、この遺伝子操作は、あくまでもこの問題を解決し、人口を安定させるために行われたものであるため、『機動戦士ガンダムSEED』におけるコーディネイターとは異なり、身体能力等には差はない。

アフターコロニー年表
A.C. 出来事
001 宇宙移民及びコロニー建設開始に伴いコロニー暦(アフターコロニー)制定。しかし、未知の疾病や未発達なコロニーに起因する計画の失敗や、コロニー同士の紛争衝突が多発。
102 最初のコロニーがラグランジュポイント1、通称L1ポイントにて完成。続いてL1コロニー群と呼ばれる軌道集落群が形成される。一方、地球上では国家間紛争が頻発し始める。
133 紛争解決手段として「地球圏統一連合」発足、つづいて、統一連合軍創設。激化していた紛争は圧倒的な軍事力をもつ連合軍によって制圧。以降紛争の沈静化にともない、連合軍による組織存続のためのコロニーを含む小国への軍事介入が増加。
147 地球圏統一連合、圧倒的軍事力によってコロニーへの武力侵攻、駐留を開始。
149 各コロニーが母国の主導、管轄下で運営される事が承認され、一時的な安定を取り戻す。各コロニーに第2次移民時代到来。
165 指導者ヒイロ・ユイ登場。各コロニーの連帯感が啓蒙され、さらに高揚。
175 指導者ヒイロ・ユイ暗殺。コロニーは再び統一性を喪失、混乱に陥る。
コロニーの治安維持を名目に連合軍が再派遣され、各コロニー間の連絡は断絶。
北欧のサンクキングダムにおいて連合軍の介入による軍事クーデター発生。王は死去、王子と姫を含む一族は行方不明。

195 4月、オペレーション・メテオ実施。秘密結社OZ打倒のため、5機のガンダムと5人の少年達が地球に降下。
オペレーション・デイブレイク実施。連合内に潜伏していたOZ決起により、地球圏統一連合崩壊。
オペレーション・ノヴァ実施。月にて生産されたMDが大量降下。OZトレーズ派と財団派による戦闘激化。
サンクキングダム崩壊。ロームフェラ財団MD部隊によるサンクキングダム制圧作戦。
アルテミス・レボリューション実施。ホワイトファング決起。巨大戦艦リーブラ、ホワイトファングに奪取される。
宇宙要塞バルジ攻防戦。ガンダムエピオンによりバルジ陥落。
EVEWAR終結。リーブラAブロックが大気圏に突入するもヒイロ・ユイ搭乗のウイングゼロにより撃破。
戦後、地球圏統一国家が発足される。

196 旧ホワイトファング一派による要人テロ発生。平行してガンダム奪取作戦が行われた。
モビルドール自動生産工場衛星"ウルカヌス"を巡るウルカヌス事件発生。
事件後アルトロンガンダムを除くガンダム4機を廃棄資源衛星に載せて太陽に向けて射出。
12月25日、「マリーメイア事変」発生。極秘裏に開発されていた新型モビルスーツサーペント、軌道上より大量降下。ガンダム5機とプリペンターの活躍により鎮圧。首謀者デキム・バートン死亡

197 テロ組織「次の政府」によるサンクキングダム城占領事件発生。
19X コロニーキャノン爆破事件。崩壊するコロニーキャノンから離脱するガンダムが確認される。

2009年02月04日

斎藤氏(さいとうし)は、日本の姓氏のひとつ

斎藤氏(さいとうし)は、日本の姓氏のひとつ。現代日本の苗字別ランキングにおいて20位以内に入る大姓である。「斉藤」と合わせるとだいたい10位以内に入るようである。
オメガ みしょう リプロヘル ひらがね 神の手 マップ るりこん ウシュ とよのか ブランデー タイプ リンギット ストール スキット ダビデ ケトル アグリ リーマン カサブ ラリアット ブライ バーン レジオ シザ イリノイ 誠の旗 こりんき サンキライ ひすい えーがた オーロ マルチ ジルコン セコンド ラダーラ ハラル アシン リトラコ リバティ フリー ヘメロ シャチ モッズ ロータリ タォマ ザール ハウリン もちがせ 紅の水 ダン

平安時代中頃の鎮守府将軍藤原利仁の子叙用が斎宮頭であったことに由来する苗字とされる.藤原利仁の後裔は越前・加賀をはじめ、北陸各地に武家として発展した。斎藤氏は平安時代末から武蔵国など各地に移住して繁栄した。 後世、斎藤姓は関東・東北に多くみられ、特に山形県、秋田県、福島県に多いようである。しかし、旧家でも明確な系図を伝える家系はあまりみられず、地方の土豪で利仁将軍の武名にあやかり、斎藤氏を称した例も多かったものと推測される。家紋は下がり藤等の藤系のものが多い。 なお「斉藤」は「斎藤」を略記したものであり、実質的に差違はないものと考えられる。

斎藤氏から出た苗字は大変多いが、有力なものとして、加藤、富樫、林等が挙げられる。

美濃斎藤氏
美濃の斎藤氏は、美濃国目代として越前から移り住んだのに始まるという。室町時代に美濃国守護土岐氏に仕え、その守護代となって勢力を揮った。斎藤妙椿は応仁の乱の混乱に乗じて美濃の実権を掌握する。しかし妙椿の後継者である甥斎藤利国(妙純)は近江で戦死、その後も土岐氏を巻き込んだ同族争いが続き、勢力は徐々に衰えを見せる。

越前の朝倉氏とは姻戚関係であった。

戦国時代に至り、その名跡を斎藤道三が継承した。道三は稲葉山城主となり、さらに守護土岐頼芸を追い、下克上によって美濃国を押領したが、嫡子斎藤義龍に殺された。義龍の早世後、その子斎藤龍興は1567年、本拠地稲葉山城を織田信長に攻略され、美濃を追放されて越前国の朝倉義景を頼った。龍興は1573年に朝倉が織田に滅ぼされたとき運命をともにし、美濃斎藤氏は滅亡した。なお、道三の子とされる斎藤利治(長龍)は父の死後に信長に仕えていたが本能寺の変で戦死。文人として知られていた道三曽孫の墨俣城主斎藤徳元も関ヶ原の合戦後に主君・織田秀信(信長の孫・三法師)の改易によって浪人し、以降は俳人として暮らしている。

明智光秀の重臣で春日局の父として知られる斎藤利三は、美濃斎藤氏の出自とみられる。

系譜
 ┃
祐具1
 ┃
宗円2
 ┣━━━┓
利永3  妙椿           
 ┣━━━┳━━━━━━━━━━━━┳━━━┓            
利藤4  妙純           利安  利隆(妙全)       
 ?   ┣━━━┳━━━┓    ┃   ┃
利為  利親 又四郎 彦四郎5   利賢  長弘(利安)  
 ┃   ┃            ┃
利茂7  利良6           利三    
 ?                ┣━━━┓
道三                利宗 春日局
 ┣━━━┳━━━┓
義龍  利治  濃姫
 ┃
龍興

越後斎藤氏
越後の斎藤氏は、越後守護上杉氏の被官。系譜と越後に土着した時期については詳らかではないが、室町時代から戦国時代にかけて越後赤田城(現新潟県刈羽村)に居住していた。守護上杉氏の没落後は守護代長尾氏に仕え、斎藤朝信は長尾景虎(上杉謙信)の重臣として有名。子孫は米沢藩に仕えた。

豊後斎藤氏
豊後の斎藤氏は、大友氏に重臣として仕えた。斎藤長実は大友氏の家督問題で大友義鑑と対立し殺害され、これが原因で二階崩れの変が勃発する。その子である斎藤鎮実は大友宗麟に重用されたが、耳川の戦いにおいて戦死した。だが、その血筋は外孫の立花宗茂・直次兄弟に継承されて外様大名として後世に残った。

武蔵国長井に定住した『平家物語』で有名な斎藤実盛の系統の武蔵斎藤氏。
越中の斎藤氏には斎藤信利がいる。
上野にも斎藤姓の豪族が存在する。斎藤憲広など。
出羽庄内にも斎藤姓の豪族が存在し、幕末に清河八郎が出た。

富樫氏
野本氏
押垂氏
坪内氏
長井氏
井上氏

2009年01月21日

フリースタイルバインディングにはソフトブーツ

フリースタイルバインディングにはソフトブーツを使用する。素材は、昔は革を使用したものが多かったが、最近では剛性や耐久性の点から、化学繊維が多く用いられるようになった。一般的なアウターとインナーに分かれたタイプと、インナーレスタイプがある。紐で編み上げるタイプのほか、ダイヤルを回して金属ワイヤーで締め上げるタイプなどもある。

アルペンバインディングにはスキーブーツと同様の樹脂で成型されたハードブーツを使用する。スキーブーツと比較して前後方向に柔らかめに作られていたり、板を倒しこんだときに雪面と接触し難いよう、つま先と踵部分が斜めに削られているなどの違いがある。

インナーには、アウターと同様に編み上げタイプや一体成形タイプ、サーモタイプなどがある。サーモインナーは一度オーブンなどで熱を加え、足を入れて冷却し、自分の足にフィットするように成形したインナーとすることが出来る。

そのほか
デッキの中ほど(前後バインディングの間)にはデッキパッドと言う滑り止めをつけることがある。平坦な場所やリフト乗降時、後ろ足を外して蹴って進む場合に、後ろ足を乗せても滑らないようにするためである。

スノーボードにはスキーのビンディングような開放機能はないが、滑走中に外れてしまうこともあり得るほか、脱着時に流してしまうことも考えられる。ボード自体重い上、ストッパーはなく、斜度によってスピードがついたボードは大変に危険である。このため、ボードと足をつなぐリーシュコードと言う流れ止めを義務付けるゲレンデや大会主催者も多い。これは安全性からと、深雪滑走時にバインディングが外れてしまった場合にも便利なものである。

技術
スケーティング(skating)
前足をバインディングにつけたまま、後ろ足を外して蹴って進む方法。平坦な場所やリフト乗降時には必須の技術。
ドリフト・ターン(drift turn)
板をずらすことで減速しながら行うターン。
カービング・ターン(carving turn)
板のサイド・カーブを利用した、ずれと減速の少ないターン。文字通り雪面を「削る」ようなターンである。
ヴィテリー・ターン
雪面に手を突きながら、体を極端に寝かせてするターン。フランスのセルジ・ヴィテリが考え出した。
スイッチ(switch)
利き足を前にして滑る技術。フェイキー(fakie)とも呼ぶ。
グラウンド・トリック(grand trick)
フラットなバーンや地形だけを利用して(構造物を使用せず)行うトリック全般。
プレス(press)
板を押しつけることでノーズかテールを浮かせて滑る方法。グラウンド・トリックの一種で、ノーズ、テール共にフロントサイド、バックサイド、マニュアルの3種類ある。
オーリー(ollie)
板の弾力を使い、テール部分で雪面を弾いて飛び上がるスケートボードから応用された技術。ノーズ部分を使う場合は「ノーリー」と呼ぶ。
パンピング(pumping)
ワンメイクやパイプなどでリップを抜ける時、腰を微妙に振るなどし重心を移動させる技術。実際は物理学的に重心の移動は減速につながるため、板の運動と合わせた動きをする、と言うこと。
エア(air)
ジャンプ全般。ハーフパイプではエアーターンと同意。
シフティ(shifty)
ジャンプトリック中に上半身と下半身を逆方向に捻る技術。
グラブ(grab)
ジャンプトリック中に板をつかむ技術。つかむ部位、つかむ手によって、名称が変わる。
インディーグラブ…後方の手で板のフロントサイド(体の前方)をつかむ。
ミュートグラブ…前方の手で板のフロントサイドをつかむ。
ノーズグラブ…前方の手で板のノーズ(板の前方)をつかむ。
テールグラブ…後方の手で板のテール(板の後方)をつかむ。
メランコリー…前方の手で板のバックサイド(体の後方)をつかむ。
メソッド…メランコリーグラブの状態から、上体を反らす。
トゥイーク…メソッドの状態から更に前方へ下半身を捻る。
ステイルフィッシュ…後方の手で板のバックサイドをつかむ。
シートベルト…前方の手で板のテールをつかむ。
ローストビーフ…後方の手で股の間から板のバックサイドをつかむ。
ニンソウ フウラン ヒップ バビリン 竹の舞 しずくいし ヤッピ つばめ くりたけ クラー うたま ウシや ガーズ オーデエ タッチ じょうぼう モウセン セプタム パラセ スパイク フェロ くらし やさしい サブミッ コール スイマー フラン フマン スモー ちずい バスラ ほこたし クロムダ プレパラー つるむ レターイン ストーン イルミネ スピンタ イルマン ルリナ テスト ばなな メリー コリン パーベ リッチ かずら ドライト オリジ

スティフィ…ミュートグラブの状態から両足を伸ばす。またはグラブしながら両足を伸ばすこと。
チキンサラダ…ローストビーフと同じ手で同じ所を、肘が外側に向く様につかむ。
カナディアンベーコン…後方の手をバックサイド側から股の間を通し、フロントサイドをつかむ。
ジャパンエア…ミュートグラブの状態からメゾットの様に体を反らす。
ボーニング(ボーン)…グラブ中に足を伸ばすこと。例:インディノーズボーン(インディグラブの状態で前方の足を伸ばす)
ツーグラブ…1エア中に2箇所グラブすること。
スピン・トリック(spin trick)
回転技。水平に回転する角度によって、半回転は180(ワン・エイティー)、一回転は360(スリー・シックスティー、スリー・シックス、スリー、サブ・ロク)と変化する。回転方向によってオープン(まず体が正面を向く回転方向、つまり前方の足と同じ方向に回転。フロントサイドとも呼ぶ)、ブラインド(まず体が背面を向く回転方向、つまり後方の足と同じ方向に回転。バックサイドとも呼ぶ)スピンと呼ぶ。また縦方向の回転は、前方回転はフロント・フリップ、後方回転はバック・フリップと呼び、2回転する場合はダブルを付加する(例:ダブル・バック・フリップ)。
キャブ(CAB)
スピントリックにおいてスイッチ・スタンスでアプローチし、オープンサイドに1回転するトリック。スケートボードのキャバレリアル・トリックに由来する。半回転をハーフ・キャブと呼んだり、この回転を経て行ったトリックの頭に付けることがある。 例:CAB9(キャブ・ナイン。スイッチでジャンプし、オープンサイドに2回転半回転する技。スイッチ・オープン・ナインと同じ意味。)
3D回転
回転軸が斜面に対して垂直でない回転技。ロデオフリップ、マックツイストなど。
ジブ(jib)
ジビング。レールやボックス、丸太など、雪以外を滑走する(こする)技術。これに用いられる人工物をジブ系アイテムと呼び、近年日本のスノーボードパークにも頻繁に見られる。

競技
大きく、アルペン、フリースタイル、スノーボードクロス(ボーダークロス)に分けることができる。

アルペン(AL)(旗門競技)
旗門で規制されたコースを滑走してタイムや着順を競う種目。用具は主にアルペンスタイルを使用する。空気抵抗の少ない服や、特にスラロームでは旗門接触時の衝撃を和らげるために足にプロテクターを着用することが多い。スーパーG以上の高速種目はスノーボードの特性と合わないこともあり、ほとんど開催されていない。

スラローム(SL)/デュアルスラローム(DU)/パラレルスラローム(PSL/PS)/バンクドスラローム
ジャイアントスラローム(GS)/パラレルジャイアントスラローム(PGS)
スーパーG(SG)
ダウンヒル(DH)
日本国外ではフリーカーブ、ユーロカーブとも呼ばれる。